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<東日本大震災3年>弁理士、被災地で「発明事業」 [お知らせ・事務所のことなど]

2014年2月20日に宮城県名取市増田小(児童888人)で行われた、日本弁理士会による知的財産権に関する出前授業にて、弊所石川弁理士が講師を務め、毎日新聞社様の記事にて紹介されました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140309-00000011-mai-soci

(以下、毎日新聞社様WEBページより抜粋)
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毎日新聞 3月9日(日)9時30分配信
<東日本大震災3年>弁理士、被災地で「発明事業」

子どもたちに発明の楽しさを伝える石川竜郎さん=宮城県名取市で2014年2月20日、大久保昂撮影
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 東日本大震災の津波に両親を奪われ、自らも大けがをした宮城県名取市出身の弁理士、石川竜郎さん(38)=大阪市福島区=が被災地の小学校を回り、発明の楽しさを伝える活動を始めた。津波で行方不明となった父邦男さん(当時78歳)はかつて、宮城県内の中学校に勤める理科教師だった。「おやじもこんなふうに授業をしてたのかな」。父の姿を思い浮かべながら、東北の未来を担う発明家が育つことを願っている。【大久保昂】

【写真特集】ここから始まる、被災地の今 宮城・名取市

 石川さんは、震災で約750人が犠牲になった名取市沿岸部の閖上(ゆりあげ)地区で生まれ育った。邦男さんの影響もあって東北大大学院で材料物性工学を学び、「新しい技術を知る仕事がしたい」と特許出願を支援する弁理士を志した。卒業後、活躍の場を求めて大企業が集まる大阪に移り住み、弁理士資格を取得した。

 3年前の3月11日は、友人の結婚式に出席するために閖上の実家にいた。揺れをやり過ごし、両親と2階に避難した。しかし海を見ると家をはるかに超える黒い波が目前に迫っていた。「駄目だ。大きいのが来た」。この呼びかけが両親との最後の会話になった。

 濁流の中でもがき、肋骨(ろっこつ)を折りながら近くの老人ホームにたどり着いた。しかし、母中子(のりこ)さん(当時70歳)は1キロ以上流されて遺体で見つかり、邦男さんの行方は今も分からない。

 約1カ月後に再び訪れた閖上に、慣れ親しんだ故郷の風景はなかった。津波に流された実家は土台を残すだけ。目に入るのは、がれきを撤去する作業員と遺体捜索を続ける自衛隊員ばかり。小中学校の同級生も犠牲になった。「被災地のために何かしたい」という思いは強くなった。

 震災から約1年後、日本弁理士会(東京都千代田区)が始めた復興支援プロジェクトに志願して加わった。その一環で今年1月から、被災地の小学校を訪ね、発明の面白さを伝えている。「子どもたちに、新しい技術を考えて復興を支えてほしい」と願うからだ。

 先月下旬、名取市立増田小の教壇に立った。子どもたちに与えた課題は、飲み物とポップコーンを片手で同時に持てる容器作り。コップや皿と格闘しながら、アイデアを生み出す子どもたちの姿に満足そうだった。

 活動を知った姉美香子さん(46)から連絡があった。「お父さん、喜んでいるだろうね」。将来を担う子どもたちに「逆境に負けず大きく育ってほしい」と復興への思いを託し続けるつもりだ。教員一筋だった父も思いは同じだと信じている。

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